名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)3884号 判決
原告
二葉タクシー株式会社
被告
福安恒秋
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金五〇万三、七五〇円及び昭和五九年一一月一〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、タクシー業を営むものである。
2 (本件事故)
原告のタクシー運転手村上良夫は、昭和五九年八月三〇日午前零時ころ、名古屋市中川区清船町三丁目一番地先、野立橋西交差点を普通乗用自動車(名古屋五五う二八五六、以下原告車という)を運転して、黄色点滅信号により北進中、同交差点を赤色点滅信号であるのに、その信号を無視して東進して来た氏名不詳者(当時)運転の普通乗用自動車(名古屋五二の三七八八)に衝突されて、原告所有の前記自動車は大破したものである。
3 被告は、右普通乗用自動車(名古屋五二の三七八八・以下被告車という)を保有して運行に供していたものであるが、昭和五九年八月二四日ころ、名古屋市瑞穂区内の道路上に駐車するについて、運転席のドアに施錠せず、かつ、エンジンをかけたままエンジンキーを差し込んで放置していたため、氏名不詳者(当時)が、被告車を窃取して、爾来運行の用に供していたものである。
4 被告の過失と原告の損害との間には、相当因果関係があり、被告は、原告に損害賠償をする義務がある。即ち、自動車を運転するものは、道路上に自動車を駐車するについて、酔漢が暴走させたり、或は、運転免許を有しない者の盗難にあつて暴走させたり等して、不測の事故が発生する恐れが多分にあるところから、被告としては、被告車を離れるに際しエンジンを停止して、エンジンキーを点火装置からはずして携帯し、運転席のドアに施錠等の処置をとつて、事故の発生を未然に防止すべき自動車保管上の注意義務があるのに、その義務を尽さなかつたため、被告車が盗難に遭い、被告車が運行の用に供されたため、原告所有の原告車と衝突することとなつたので、原告の損害と被告の不法行為との間には、相当因果関係がある。
5 原告は、右事故により、原告所有の原告車を大破され、その修理代として金四七万三、七五〇円及び休車中の損害として一日当り金五、〇〇〇円の割合による六日分の休車による損害を蒙り、合計金五〇万三、七五〇円の損害を蒙つたものである。
6 よつて、原告は、被告に対し、金五〇万三、七五〇円及び本訴状送達の翌日である昭和五九年一一月一〇日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因第1第2項の事実は不知。
2 同第3項のうち、被告が普通乗用自動車(名古屋五二の三七八八)を保有していたこと、昭和五九年八月二四日ドアに施錠をせず、キーを差し込んだまま、同車を名古屋市瑞穂区内の道路上に駐車したこと、右自動車を氏名不詳の者(当時)が窃取して爾来運行の用に供していたことは認め、その余は否認する。
3 同第4項は争う。
4 同第5項は不知。
三 被告の主張
1 被告は昭和五九年八月二四日午前七時二〇分ころ勤務地近くの喫茶店に入り、その際、運転して来た被告車を店の前の道路の向い側に駐車した。同所は自転車店、洋品店及び薬局の前であつた。なお被告車の後には他の自動車が一台停車してあつた。
短時間駐車の予定であつたため、被告はエンジンキーはつけたままにしておいたが、エンジンは切つておいた。
被告が、同日午前七時四五分ころ、会社に出勤するために喫茶店を出たところ、被告車は盗まれていた。
2 被告は直ちに周辺を捜索し、発見できないことが分かると同日午前八時ころ、直ちに、最寄りの愛知県瑞穂警察署御剱派出所へ被告車盗難の被害届を出した。
3 翌八月二五日昼すぎころ、ダイエー金山店近くのエツソガソリンスタンドから被告に対し「被告車を窃取した者が盗難車にガソリン四九リツトル、エアコンガス一リツトルを入れて行つた」旨電話がかかつた。
4 仲澤定吉が被告車を窃取したのは同年八月二四日午前七時三〇分ころであつた。右仲澤は定職もなくホテル住まいだつたため、窃取後は被告車を、家代わり足代わりにして使用した。右仲澤は被告車内に置いてあつた被告の運転免許証を廃棄してしまつた。
5 右仲澤は同年八月二五日の夜、被告車に乗つて名古屋市中川区大平通三丁目にある星野由美子(右仲澤の知合)の勤務するスナツクへ客として飲みに行つた。
同日午後八時ころ、右仲澤は右星野に対し、右スナツク駐車場に停めてあつた被告車について「とつて来た車だ。シヤブの取引の金払わんので金の代わりに車引き上げてきた」と説明した。
同日午後一〇時ころ右仲澤は右星野に被告車のキーを渡し、タクシーで帰つたが、その中で寝込んでしまつたため、連絡を受けた右星野がスナツクから中川タクシーの事務所まで被告車を運転して右仲澤を迎えに行つた。
その後、仲澤がこの車で右星野をスナツクへ送り、翌二六日午前一時四五分ころ被告車でスナツクから帰つた。
6 その後同年八月二八日に右スナツク付近の喫茶店で右星野に会つた時にも、右仲澤は被告車を運転していた。
7 同年八月三〇日午前零時ころ、右仲澤は被告車を運転して右スナツクへ右星野を迎えに行き、「ちよつと話があるので乗れ」と言つて右星野を助手席に乗せ、車を運転して本件事故現場の交差点に差しかかつた。
右仲澤は右交差点の信号が赤色点滅であつたのに、右星野と口論していたため、信号を見落し、そのまま交差点に進入して本件事故を惹起させた。
なお右仲澤は無免許で覚せい剤常用者であつた。
8 被告は本件事故の前日には易者に心当りの場所を尋ねたりして捜索活動を行なつている。
右仲澤は被告とは友人関係、雇用関係等の人的関係はなく、被告車を被告に返還する予定は全くなかつた。
9 本件事故当時、被告車の運行支配は、被告にはなく、完全に右仲澤の支配下にあつた。
被告が被告車につきエンジンキーをつけたまま路上駐車したことと本件事故との間には相当因果関係はない。
四 被告の主張に対する答弁
被告の主張については争う。
第三証拠
本件記録の調書中の各書証目録、各証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。
理由
一 被告が普通乗用自動車(名古屋五二の三七八八号―被告車)を保有していたこと、昭和五九年八月二四日ドアに施錠をせず、キーを差し込んだまま同車を名古屋市瑞穂区内の道路上に駐車したこと、右自動車を氏名不詳者(当時)が窃取して爾来運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。
二 証人宇野光秋の証言及びこれにより真正に成立したと認められる甲第二号証の一ないし七、成立に争いのない甲第一、第四ないし第一三号証、弁論の全趣旨によれば、請求原因第1、第2項の事実が認められる。
三 前記事実、前記甲第一、第四ないし第一三号証、成立に争いがない乙第一ないし第一一号証、被告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
1 被告は出勤途中朝食をとるため昭和五九年八月二四日午前七時二〇分ころ勤務先近くの喫茶店「そが」に入り、その際、運転してきた被告車を右喫茶店前の道路の向い側(名古屋市瑞穂区雁道町一丁目二五番地付近路上)に駐車した。同所は、薬局と洋品店の中間辺りであり、近くに自転車店があり、被告車の後には他者が他の自動車を駐車した。
被告は喫茶店に入る際、被告車のエンジンは止めたが、エンジンキーを運転席に差し込んだまま、ドアに錠をしないで、下車した。
2(一) 仲澤定吉は、同年八月二四日午前七時三〇分ころ、名古屋市瑞穂区雁道町一丁目二五番地付近路上において、被告車を窃取した。右仲澤はホテル住まいだつたので、被告車窃取後は、これを家代わり、足代わりとして使用し、被告車内に自分のバツグやスラツクス、カーデイガン、アルバム、靴等をも常時入れていた。
右仲澤は被告車内に置いてあつた被告の運転免許証を廃棄した。
(二) 右仲澤は同年八月二五日夜被告車に乗つて、懇意にしていた星野由美子の勤務するスナツク(名古屋市中川区大平通三丁目付近所在)へ客として飲みに行つた。
同日午後八時ころ右星野が右スナツクの駐車場に駐車してある被告車を見て、右仲澤に尋ねると、右仲澤は「とつてきた車だ。シヤブの取引きの金を払わないので金の代わりに車を引き上げてきた」旨説明した。
同日午後一〇時ころ右仲澤は右星野に被告車のキーを渡し、タクシーで帰つたが、タクシー内で寝込んでしまつたため、連絡を受けた右星野が右スナツクから中川タクシーの事務所まで被告車を運転して右仲澤を迎えに行つた。
その後、右仲澤が被告車を運転して右星野を右スナツクへ送り、翌二六日午前一時四五分ころ、同車で右スナツクから帰つた。
その後、同年八月二八日に右スナツク付近の喫茶店で右星野に会つた時も、右仲澤は被告車を運転してきていた。
(三) 同年八月三〇日午前零時ころ、右仲澤は被告車を運転して右スナツクへ右星野を迎えに行き、「ちよつと話がしたいので乗れ」と言つて右星野を助手席に乗せ、同車を運転して本件事故現場交差点に差しかかつた。
同交差点の被告車進行方向の信号は赤色点滅であつたが、右仲澤は右星野と口論していたため、右信号に気付かず、同交差点に進入したため、本件事故が発生した。本件事故後、右仲澤は、被告車を事故現場に放置して立ち去つた。
3 右仲澤は自動車運転免許を受けていない。右仲澤は被告と面識がなく、雇用関係、友人関係等の人的関係は全くない。
4(一) 被告は、前記2の盗難後(同年八月二四日)の午前七時四五分ころ、出勤のため、喫茶店を出たところ、被告車がなくなつていることに気付き、直ちに周辺を捜索し、発見できないことがわかると、同日午前八時ころ最寄りの愛知県瑞穂警察署御剱派出所へ被告車盗難の被害届を提出した。
(二) 同年八月二五日昼すぎころ、名古屋市中区金山町のダイエー近くのエツソガソリンスタンドから被告方に「ナンバー名古屋五二の三七八八号(被告車)に乗つて来た男がガソリン四九リツトル、エアコンガス一リツトルを入れて行つた」旨の電話がかかつた。被告は同ガソリンスタンドへ赴き、「盗難車である」旨告げ、同ガソリンスタンドの職員と一諸に警察(正木派出所)へ行つた。被告は同年八月二九日にも被告車を捜したが、その所在は依然として全くわからなかつた。
同年八月三一日の朝被告は中川警察署から交通事故が発生したとの連絡を受け、翌九月一日同警察署へ出向き、本件事故車が盗難にあつた被告車であることを確認した。
四1 本件における原告の請求は物的損害の賠償を求めるものであり、人損の賠償請求ではないから自動車損害賠償保障法三条の適用はないし、以上認定の事実を総合すれば、本件事故時において被告車の運行支配は被告になかつたと認められるから、同法条の類推適用を認める余地もない。
2 前記のとおり、被告が被告車にエンジンキーをつけたままドアロツクもしないで同車を路上駐車したことは認められるが、被告が同車を出てから戻るまでの時間は二五分位であり、その間被告は駐車道路向かいの喫茶店に入つていたものであり、被告は被告車盗難発見後直ちに最寄りの警察派出所に被害届を出していること、本件事故は被告車盗難後五日以上も経過してから被告駐車場所とは全く別の場所で発生していること、被告車運転者(窃取者)と被告とは全く面識がなく、その間に人的関係も存しないこと、その他前記認定の事実経過によれば、被告がエンジンキーをつけたままドアロツクをしないで路上駐車したことと本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。
けだし、このような盗難後相当期間経過後に、別の場所で、前記の事実経過の下で全く人的関係のない盗難車運転者(窃取者)により惹起された交通事故につき、盗難車保有者の前記認定程度の保管上の過失との因果関係を認めるとすると、車両所有者(盗難被害者)は盗難車両が自己に返還されるまで、際限のない不測の損害賠償責任を負担することとなり(しかも右車両所有者は盗難後は右損害拡大を防ぐ手段を持つていない)、相当ではないからである。
その他、本件事故による原告の損害につき被告に賠償責任を負わすべき根拠はない。
五 従つてその余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 神沢昌克)